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2009年11月24日 (火)

出来る事

いつもコメントを下さる方の中に「しょたこたママ」さんという方が、いらっしゃいます。
その方のコメントを紹介させて下さいね。
(コメントは、ほんの一部だけ削除してあります。ご了承下さい。)

「こんばんは。
こちらのブログのほかにも、道議のブログも読みました。
一連の報道も観ています。
(道議は、アイヌの将来を真剣に考えて下さっているなと思いました)

私はどこの団体にも入っていませんが、親が昔から道東のある支部の会員なので、
子どもの頃から世話にはなってきていると思います。

私が育った地域の支部では、ウタリの冠婚葬祭やら入学卒業祝いやら、
親戚でなくても親戚同様にみな助け合い、支えあって来てたと思います。
田舎だから余計そうだったかもしれませんが。

こういう事態になり、正直言って暗澹たる思いでいます。
とはいえ、若い世代に負の遺産を残していってはいけないと思っています。

協会の問題で仕事に支障をきたしたお友達は、本当にお気の毒だと思いますし、
アイヌの名がついた団体が恫喝をするなど許し難いことだと思います。

ただ、「アイヌだからされる差別」というのは現実に存在しますし、
私の地元ではいまだに若者が辛い思いをすることが多々あります。
もちろん、そんなものを自分自身の力で乗り越えようとすることは立派だと思いますし、
自分の息子にもそうあって欲しいと思っています。
けれども、そのことは差別される側だけが変われば良いということではないと思います。

・・・と、長々書いたところで、今の状態では何の説得力も無いんですけどね。
とにかく私は自分の出来ることをしていこうと思っています。」


以上が、しょたこたママさんからのコメントです。

いつもコメント有難うございます。
私も道義は、本当に多くを考え実行してくれていると思います。
いろいろな方に相談をしましたが、殆んどの市議・道義の方達は、触らぬアイヌに祟りなしで、まともに話も聞いてくれませんでした。
それも実情を知りながらです。この件は、アイヌのみならず道や市との馴れ合い体質も含まれていて、財団に至っては「政治屋」の大きな影響もあるから関係したくないというのが本音のようです。

道義は、アイヌという視点も忘れていないですが、「道民として」「国民として」いけないものは、いけないという原理を大切にしていらっしゃいます。
此処まで、メスを入れて下さった方は、過去に存在しないでしょう。
色々な圧力や妨害があったと推測しますが、それでもメスを入れ、最後まで、確りやると明言して下さった道義は、政治家としての職務を道民の立場に立ち考えて下さっていると思います。この方が、こうしたタイミングで出てきたのは、偶然ではないと思います。

アイヌの血を引く方々は、いつ頃から今の様になったのでしょうね。
私の親父が、かなり以前から危惧していたのですから、昨日今日のことではないですね。
ですが、全ての人達が悪いとはいいません。
祭事も、ご近所が、物を持ち寄り自分達の生活の範囲の中で、慎ましく行われていたはずです。今の様に「祭司は幾ら・副祭司は幾ら・参加者は幾ら」来年は、いつやるから、適当に申請書出しておけ!状態では、何の意味も成しません。

祭事の為に集まるのではなく、助成金の為に集まる「理由」にしか過ぎない状況です。
小さい支部のお年よりは、協会役員に騙されて、ある意味での被害者でもあると思うのです。正直、今の私は、新聞にアイヌのイベントの記事を読んでも不快感しか出てきません。先日の「シャクシャイン」もそうです。
今、全ての書類を公開するのは無理ですが、道の調査の状況によって公開する予定でおりますが、実情を見たらアイヌ政策をいかに協会や財団が、利権のために私用しているか、その中身に愕然とします。

負の遺産は、必用ないですね。
私も同感です。
差別に立ち向かえる強さを誰しもが、持っているとは限りません。
でも、だからといって人のせいにするのも間違いだと思うのです。
私も立ち向かわずに逃げていたり泣いていたこともあります。
ですが、どんな差別を受けたとしても、一番の解決策は、本人が変わることではないでしょうか?差別がいけない事だという事は、断固として声を上げる必要があります。
アイヌということで、差別を受ける理由もありませんが、だからといって対立関係になる様な今の運動方針や本当の所の中身とは似非が、多すぎます。
自分が変わることで、環境は大きく変化します。
その事で、相手も変化すると思うのです。それでも変化しない人の人間性までは、相手にするつもりはありませんがね。差別される側こそ自立に目覚めるような教えを出来てこそ
誇りが生まれるのだと思います。でも、田舎に行けば行くほどに、難しい環境も多いのは事実ですね。

今の親父共の姿を見て、アイヌに目覚めました!みたい事言ってる若い連中を見ていて
国外に税金で行ってまで、羞恥心もなく自慢げに自負している姿を痛烈に情けなさを覚えます。そんな連中が、本当に差別を受けた人達の味方のような振りをして、安い正義感と同情心で「差別」を利用して世に出る連中の多さは、現代アイヌの資質でしょうね。

生涯、政策の下で生きて行くのでしょうか?
それこそ、差別の対象に自らが立っている事になりますよね。
協会の恫喝スタイルは、外部だけではなく、内部の一般会員にまで及んでいます。
札幌支部では、支部長自らが、役員になりたければ、私に気に入られなければ無理ですよ!等という始末ですし、改革を望んだ女性たちに、夜中に電話を入れて、踊れないようになるぞ!等と脅す連中すらわが者顔で「アイヌの代表」等と騒いでいる実情です。

私は自分の出来る事は、しれていると思います。
正直なところ、本当に多くのアイヌという人達や利権に絡む人達から「余計な事をしやがって!」関係ないのに今更、何を余計な事言い出すんだ!一番多いコメントです。
次が、アイヌの歴史は、あ~でもない!こ~でもない!だから権利があるのだ!など等。
だれもアイヌ生活支援政策の利用の仕方についての危惧する声は、無いに均しいです。

私にも子供がいます。
アイヌのことについては、私が、親から教えられたのと同じく、意識せず必要に応じてコメントする以外に何もするつもりはないです。今の自分と同じ様に考える時が来たら自分で何かを判断するでしょう。
でも、その判断基準の時に自分の今の意見が大きく影響する事の責任は感じています。
現代アイヌに大きな疑問を感じているのは、自分の親父の背中を観ていたからでしょうね。私の姉も弟も同じだと思います。
今は、何もせずに後悔するよりも、言い出した事を最後までやろうと思っています。
正義感等ではなく、自分が小さい頃に差別を受けた要因が、又新たな要因を作っているのは、黙っていられません。せっかく、この歳まで生きてきて、同じ思いを経験したくはないですからね。外側にばかり差別を叫ぶのは、危険です。
内側の差別に明確な意見を述べることで、どう問題から乗り越えてきたのかを、次世代に語る必要性が求められると思うのです。
私は、正直、人様にこうした意見を言える程に立派でもなんでもありません。
いまだに多くの人に助けてもらっている現状です。
私自身が、もっとちゃんと自立しなきゃ駄目だと反省しています。

  

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