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2009年12月 5日 (土)

アイヌを敵対視・・・・

先日、匿名の方からメールが送られてきて私のブログを読んで、話したくなったのでメールが欲しいという事だったので早速、メールを送ると返信されてきました。送られてきたメールの内容は

「単刀直入に質問します。貴方は、アイヌを敵視しているのか?」という質問でした。

私はアイヌの利権団体・アイヌ屋・政治屋・他の差別を食い物にしている団体に対しては強い反発心を持っていると返信し戻ってきたコメントが下記のものでした。「敵視しているのではないかと思ってしまいました。中学校時代にアイヌなんだと言い、無知な自分は周りの教師、同級生に伝え酷く罵られ罵声を浴びさせられる毎日でした。これがアイヌ差別なんだと実感しました。今だに何故差別されるのかは理解しがたいですが、間違いなく、中学生の時には、協会が~会員がぁ~なんてことは関係なく、ただアイヌだからという理由で差別されていただけだと思います。」

こうした事実があるのも現実でした。同感すべき事を私も体験しています。ですが、こういったことが現実にあったからこそ確りと向き合う必用があるのだと思いますよ。

私は、正直に書くと「昔の国の政策、全てにアイヌへの差別が存在していたなどとは、思っていません。」時代の流れの中での必要性を垣間見れる部分も沢山あります。歴史認識に関しては今後、別な形で書きますが、実際に差別問題や当時の歪みに飲み込まれた事実があったからからこそ、今、受けている政策を正しく使うべきではないのですか?私が、こうして問題点を取り上げるよりも以前に多くの「横領問題を協会や関係者は繰り返しています。」そんな状況じゃ、差別をされていると騒いだところで「自分達が差別を助長しているのだから」何か文句言えると思いますか?いわれのない差別に関しての問題と現在のアイヌへの差別とでは「質が違うと思います。」これだけ、北海道で協会や財団の不正が横行していたり天皇陛下への謝罪や5兆円の損害賠償をしたり公の場での「恐喝」が行われている状況下で、民族の誇りだアイヌ語の復権だ等と、よく口に出来たものだと思います。協会や財団や政治屋連中は、不正が発覚しても「お金を返せばいい」ばれないように今度は、違うやり方でやればよいレベル。だが、他の人々の記憶には必ず、そうした事実の記憶が残ります。それは、差別や距離を置かれる要因と言えませんか?大人達は、何らかの術を知っています。次世代に、いわれのない差別とアイヌ自身が作り上げた差別を自分達が生きてゆく国に作り上げているのが「現代アイヌの運動」ではないですか?何億もの政策資金があるにもかかわらず、現代アイヌは何を構築してきたと言えるのですか?自分達に都合の悪い歴史が発覚すると、それを調べた人間を弾圧したり都合の良い事だけを並び立て自分達の不正には目を瞑り同じ穴の狢と化している教授と癒着していたり、アイヌ語だ・伝承文化だ・工芸展だ・国際交流だ・予算を寄こせ!あそこもアイヌの聖地だ!あれもアイヌの物だ!貧困もシャモが作った問題だ!それ!政策だ~予算だ~!その政策予算で何をしてきたのですか?利権に集る「蝿」と一緒に意味も解らない子供達を国際交流にまで引っ張り込み自分の目立ちたいが為に行い、実のところは、水増し請求して着服していましたが現状なことだらけではないか!差別を無くすどころか、自分達で差別を生活の糧にしている状態で他の人から「アッ!イヌだ」とか自分の子供や他の子供や若い連中が言われたとしても、言った側を責めれるだろうか?責めるべきは、内側にないだろうか?それでも責めると言う今の体質と面の皮の厚さには感服するが、私は、そんなアイヌの血など一適たりとも必要としない。

じゃ、お前は関係ないから口を挟むなと言いたいだろうが、ならば、協会の体質に嫌気がさした者や関係のないアイヌに一切の迷惑や差別の種を蒔いてはならないはずである。前にも書いたが、土足で自分の身内の中に入ってきたら、私は黙っているタイプではない。ご都合よく似非アイヌを作り上げて政策の中に漬け込んでいる現状だけでも先祖に対しての侮辱である。本当にアイヌの誇りだという事を尊厳に出すのであれば「敬う」はずである。金儲けに利用している状況下で「何がアイヌだっ!」私はハッキリ断言する。現代アイヌが、過去の差別を楯に利権を要求する権利を謳うのであればアイヌ系日本人の私にも貴方方の運動に意見を言う権利もある。アイヌの血も引き、差別も受けたこともある、自身の生き方としても脱線も経験してきているが、自らが自立を根本的に志向しないアイヌなど強く否定する。組織自体も差別を騒ぐのであれば「不祥事があれば、世の中と同じ事をすればよい、今回の釧路だけではないが、事件として立件し厳しい態度で取り組まなければ、対外的差別の象徴の組織であり、その差別の言葉が、アイヌとなるのは自然な事ではないのか?」益々「アイヌの血を否定する者が身内にも外側にも増えるだけである」敵視ですか!もう一度書きますが、自分の家族や身内の中にそうした利権を楯に入り込まれたとしたら私は、同じ血を引いているからと黙っているタイプではない。それが新しい差別に繋がり似非文化を作り上げるとしか思えない状況下では最後まで止めません。アイヌの血を引く者もそうでない者も国の中の問題である。アイヌ問題は一部の利権固執した団体や政治屋の道具ではないはずである。アイヌの持っていた文化も北海道に定着した文化として正しい方向に向かうべきである。一部のアイヌ利権が騒いでいることだけが真実ではない。私が利権の温床と強く感じた問題点を自らが公の場で、就学資金の返済の免除を逃れた言い訳をしている者がいる。その者のことは、このブログの中にも記載しているが、こうした連中が「政治屋と癒着しアイヌの代表の様な顔をしているから性質が悪い」

http://www.city.sapporo.jp/shimin/ainushisaku/kaigi/gizi1.html

(この中に就学資金返済免除のトリックを自らが借りているのに発言している者がいるようである。)こうした不正を重ねる連中に何故に馴れ合うかな現代アイヌ・・・・・・本当に差別や困窮に苦しんだのであれば、シャモだ何だと自分の生活している環境の中で(日本)差別と言う言葉で対立の構図の中に立っているのは絶対に自立には繋がらないはずである。対外的に日本に問題点を押し付け自分達の中では銭勘定を黙認している状況は、絶対に自滅する。差別や困窮を本当の意味で乗り越えた実話を他の多くの人に語れる状況にならなければ嘘であろう。外国行って他の民族を見て、私は差別はいけないと思いましたとか小学校の作文を税金使って書いているようでは情けない。協会に関係のない人達も他人事ではないはずである。利権アイヌの声に黙って手を拱いて、利権連中が作り上げた「いわれのない差別」に声を押し殺して連中の「糧」になる必要など絶対にないし、あってはならない事である。

敵視と相手が取れば、そうなるのだろうが対立をイコール敵視とは考えていませんよ。これからも色々調べて、道や市に問題を提出し今後は他の調査機関とも協力していただける方向です。ブログは、これからも書き続けますが、来年からは、これまでとは違う形態で(中心)から対外的に意見を発信させてくれる機会に恵まれたので活動の場を広げたいと思います。(決して、これが本業じゃないんですよ。)政策や何かは、本当に必要な人達が、確りと受けられ正しく運用されるべきです。文化の振興も同じです。決して差別を助長するような利用の仕方では本来の姿ではないはずです。もう一つ、大切なのは、私達自身が何処で、こうした問題に線を引き解決とするのか明確な答えを述べる事じゃないでしょうか。その上に立ち「アイヌとしての哲学」を記す事こそが「自立や復権」と外側が認めてくれるのではないかと私は感じます。そうした姿こそ「次世代には見せるべきで」差別を無くそうと騒ぐよりも差別とどう向き合い克服出来るのかを次世代に残す必用があると思います。

そうすれば、お金がもらえなくとも昔の仕来りや文化を自然に学ぶ者も増え周りも大切にしてくれ理解も深まり差別ではなく他文化への区別として尊重される方向に進むのではないでしょうか?少なくとも私は、そう思います。

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