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2010年1月 6日 (水)

書きたいのですが・・・・・

今、他の場所で掲載していただけると言う事で原稿を書いています。

勿論、アイヌ問題についてです。

原稿が書き上がり出版社や協力者との意見交換を済まさなければ

どの様な内容になるか分かりませんが、

ここでは、イニシャルや濁した表現を多用していますが、掲載される内容は

実名と核心的内容も掲載されるはずです。

原稿の中身が決まり次第、掲載される冊子名と発売日を告知いたします。

その前に違う形での提議があるかもしれないんですが

どちらにせよ、この場で告知いたします。

ここに書くことと原稿の内容があまり重ならないようにと考えると

頭の中の整理がつかなくて申し訳ございません。

昨年は、本職とのバランスを失い苦労しましたが、今年は、バランスを考慮しつつ

アイヌ問題を取り上げて行くつもりです。

ここにアイヌの団体や利権絡みのアイヌ屋や政治屋の事を並べていますが

私が願うのは

研究者や政治屋の欺瞞に乗せられることなく

自らもコンプレックスの裏返しでアイヌを主題に置き衰退の一歩を辿るのではなく

差別構造の告発の矛先を内側に向け

アイヌ文化を無理に再興させればいいという観念でもなく

この現代社会の中で、どういう形でアイヌの血の影響を自身が受けているのか

それをどの様に摘出し表現するべきであるのかをアイヌの血を引く者達は

思考するべきであり、その思考の前提の上に立ちアイヌ文化をどの様な形で

継承していくのかを明確にしていって欲しいということである。

自らの力で立脚の視点に戻る事こそが、誇りと言えないだろうか?

先輩や後輩を敬うことは、どの世界も同じはずである。

そうした中で、特有の文化を育む事こそ大切ではないだろうか。

そうすれば自然と北海道特有の文化として定着し日本の中の文化としても認め

らると考える。

その過程には、今の「アイヌ利権と一般会員を食い物にする体質」は、絶対に

根絶されるべきである。

私達に純粋など存在しない

たとえ両親がアイヌと言ったところでもだ

だが、多くの血が流れていると言う事は、多用な発想の可能性を持ちえていると

いうことでもある。

もっと柔軟な発想が出来ないものだろうか?

意識してアイヌ・アイヌと騒がなくとも

何かに明確なビジョンを持てば自然と血の流れの根底が影響してくるものだ。

意図的に作り上げようとしている似非アイヌ文化など差別の対象以外の何物

でもない。

利権屋アイヌが、国の機関に入ったところで化けの皮が剥がれるのが落ちである

大層な似非講釈を垂れ流し自己陶酔しアイヌの代表を気取る前に

本当に苦労したり純粋に歌や踊りを行いたいと思う人達を

政策利権に利用し虐げることなく何かをしてみろ。

それすらも胸を張って取り組めないアイヌと騒ぐ人達に

アイヌの風俗習慣が完全になくなってしまっている現代で

再構築を口にするなど醜い

正しい方向性を持てば、今の体質に多くの疑問が生まれるはずである。

それを持ち得ないアイヌは、本当の意味で「貧しく卑しい」

少なくとも身内の中の弱者に対して本質的な優しさを持ち合わせてもらいたいも

ものである。

だが、誰でもご都合により勝手にアイヌを作り上げる連中でしかない。

これ以上の行為は一刻も早く終止符を打つべきである。

何度も書くが、自らの手と利権に群がる連中とで

差別の再生産を断じてするべきではない。

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